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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)6641号 判決 1956年4月09日

原告 新生興業株式会社

被告 島崎静馬 外二名

主文

原告の請求は、棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者の主張

一、原告の主張

原告訴訟代理人は、「被告島崎静馬及び同島崎光江は、原告に対し、別紙<省略>第二目録記載(イ)の建物を収去して、別紙第一目録記載の土地のうち右建物の敷地たる約五坪八合を明け渡せ。被告中島三栄は、原告に対し、別紙第二目録記載(ロ)の建物を収去して、別紙第一目録記載の土地のうち右建物の敷地たる約三坪の部分を明け渡せ。訴訟費用は、被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、次のとおり、陳述した。

(一)  別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という。)は、もと訴外中田幾太郎の所有に属したが、同人は、昭和二十七年八月九日死亡したので、その妻婦美、長男正義、次男幸一、三男林蔵及び長女てふは、共同して遺産相続をなし、よつて、本件土地所有権を承継取得した。なお、右林蔵は、不在者であるため、東京家庭裁判所の審判により、その不在者財産管理人として宇田川太一が選任された。

(二)  訴外引揚者更生々活協同連盟杉並支部(以下杉並支部という。)は、代表者の定めのある法人に非ざる社団であると同時にゆうに権利帰属の主体たり得るものであつたので、その会員のためマーケツトを建築運営する目的のもとに、前記中田幾太郎の存命中たる昭和二十一年九月一日同人から、本件土地を、賃料一カ月金百九十二円、毎月末日払いの約で、期間を定めず賃借して、その地上に南北三列に店舖を建築し、会員に右店舖の各小間を分与して、その敷地にあたる右借地の各部分を使用させるとともに、一定の企画方針に従つてマーケツト全体としての運営をなしてきた。

(三)  しかして、被告島崎静馬は、昭和二十二年六月杉並支部会員となり、前記店舖の中央列南端の小間たる別紙第二目録記載(イ)の建物(以下(イ)の建物という。)の分与を受けて、その所有権を取得し、その敷地約五坪八合を使用するに至り、被告島崎光江は、被告島崎静馬の妻であるが、昭和二十六年夏頃から(イ)の建物において、自己の名義で靴下販売業を営むに至つた。又被告中島三栄は、昭和二十一年杉並支部の会員となり、前記店舖の中央列(イ)の建物に北接する別紙第二目録記載(ロ)の建物(以下(ロ)の建物という。)の分与を受けて、その所有権を取得し、その敷地約三坪を使用して、雑穀類の販売を業とするに至つた。

(四)  ところが、

(1)  杉並支部は、前記マーケツトが密集したバラツク式の小店舖であつたため、国電荻窪駅北口前という好適の場所に存するにもかかわらず、終戦後の混乱した経済事情の安定するにつれ、漸く売り上げも不振となつたので、地の利を最大限に活用して窮境を打開し、将来の繁栄を図るべく画策し、昭和二十五年三月三十一日全会員出席の臨時総会において、右マーケツト中間列の店舖所有者が各所有店舖の敷地を明け渡すこと、これに対し東西両側の店舖所有者の負担で店舖の時価相当の補償をなすこと、しかして右土地明渡の後においては、あらたに荻窪駅乗降客を吸収するに足る本格的商店街を建築することを決議した。従つて、右中間列の店舖所有者たる被告島崎静馬及び同中島三栄は、杉並支部の会員として右決議に服すべき義務がある当然の結果として、前記各所有店舖の敷地を使用する権利を喪失した。しかるに、右被告等は、前記総会に出席して右決議を支持し、殊に、被告島崎静馬は、右決議に基く店舖評価委員長に推され、昭和二十五年七月十四日までその任務を担当しながら、いずれも右決議に従わず、依然右敷地の使用を継続している。

(2)  仮に、そうでないとしても、杉並支部は、前記事業目的達成のため、各会員から会費を徴収し、本件土地の地代その他必要経費に充てていたが、被告島崎静馬及び同中島三栄は、昭和二十七年九月以降事実上杉並支部から離脱して会費の納入を拒絶し、昭和二十八年三月二十日杉並支部に対し、正式に会員たる地位を放棄する旨の通告をした。従つて、被告島崎静馬及び同中島三栄は、杉並支部を離脱し、これと同時に前記店舖敷地を使用する権利を喪つた。

いずれにしても、被告等は、杉並支部に対する店舖敷地使用上の権利がない以上、土地所有者に対抗し得る本件土地所有者に対抗し得る本件土地占有の権原を有するものではない。

(五)  さような関係にあるところ、原告会社は、土地家屋の賃貸借並びにその供給管理を目的として、昭和二十九年一月十二日設立されたものであるが、設立と同時に杉並支部から本件土地の賃借権を含む一切の権利の譲渡を受けた。しかして、これよりさき、前記のとおり、中田幾太郎は死亡し中田正義外四名のものがその遺産を共同相続し杉並支部に対する賃貸人たる地位を承継していたので、右賃借権の譲渡については、賃貸人の一人であり、かつ、他の共同賃貸人の代理人たる中田正義の承諾を得た。

(六)  仮に、原告が、右譲渡によつて本件土地の賃借権を取得できなかつたとしても、原告会社の発起人、すなわち設立中の原告会社の機関たる笹沼伝は、設立後の原告会社のために、昭和二十八年十二月八日前記資格の中田正義との契約により、本件土地を、賃料一カ月金九千円、毎月末日払いの約で、期間を定めず賃借し、原告会社は、その設立後右賃貸借契約上の利益を享受する意思をもつて行動してきた。従つて、原告は適法に本件土地に対する賃借権を取得した。

(七)  よつて、原告は、本件土地に対する賃借権を保全するため、土地所有者に代位して被告島崎静馬及び同島崎光江に対し、(イ)の建物の収去並びにその敷地約五坪八合の明渡しを求め、又被告中島三栄に対し(ロ)の建物の収去並びにその敷地約三坪の明渡しを求めるため、本訴請求に及んだ。

二、被告等の答弁並びに抗弁

被告等訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁並びに抗弁として、次のとおり、陳述した。

(答弁)

原告主張事実のうち、

(一)の事実については、本件土地が訴外中田幾太郎の所有であつたこと、同人が原告主張の日に死亡したこと、右亡幾太郎に原告主張の四人の子がありその三男林蔵のため宇田川太一が不在者財産管理人に選任されたことは、いずれも、認める。

(二)の事実については、杉並支部が代表者の定めある法人に非ざる社団であること、杉並支部の名義をもつて中田幾太郎との間で本件土地につき原告主張の賃貸借契約が締結され、又原告主張の店舖が建築されたことは認める。しかしながら、杉並支部は、後記のとおり、権利帰属の主体たり得るものではないから、右契約によつて賃借権を取得するいわれがない。右契約は、杉並支部を構成する各個人が実質上契約当事者となり、各別に賃料の支払いをする煩を避けるため、便宜上杉並支部の名義をもつてしたものである。しかして、又右店舖の建築は、前記各個人が便宜上建築費を杉並支部の支部長に預け、杉並支部の名義をもつて共同して建築したものである。その余の原告主張事実は否認する。右店舖によつて形成されたマーケツトの運営には、杉並支部とは別個に存在した「運営会」なる組織が当つた。すなわち、運営会は右店舖の各小間の所有者が、店舖敷地の賃料、電燈費、夜警費、衛生費、慶弔費等の各自共通な負担につき支払いの労を省くために組織したものであつて、毎月維持費(昭和二十三年九月まで金百五十円、同二十四年五月まで金二百五十円、同年六月以降金三百円)の名目で金銭を徴収して前記支払いの事務を行つたのである。

(三)の事実については、被告島崎静馬及び同中島三栄が、いずれも、杉並支部の会員となり、それぞれ、原告主張の各建物を所有してその各敷地を使用していること、被告島崎光江が被告島崎静馬の妻であつて原告主張の建物において靴下販売業に従事していることは認める。右靴下販売業は、被告島崎静馬が営業の主体として経営しているものであつて、被告島崎光江は、右営業の販売を担当するに過ぎない。

(四)の事実については、被告島崎静馬が店舖評価委員長となつたことは認めるが、その余の事実はすべて否認する。そもそも前記マーケツトは、前記のとおり、杉並支部が運営したものではないから、杉並支部としては、原告主張のような総会の決議をするいわれがない、もつとも、右マーケツトの店舖所有者間に運営方法を改革せんとする動きのあつたのは事実であるが、その事情は、次のとおりである。すなわち、前記運営会は、右マーケツト東西両側の店舖所有者が、中間列の店舖を買い取るか、或は中間列の店舖所有者が両側の店舖を買い受けてこれに移転するかして、中間列の店舖を取り払うこと、右売買のいずれをとるかは店舖所有者各個の意思に委せることを決議し、取り敢えず店舖の評価をなすべく被告島崎静馬を委員長に推した。そこで、同被告は、右マーケツトの店舖全部を対象とし、各小間毎に評価をなした。ところが東西両側の店舖所有者は、中間列の店舖を被告島崎静馬の評価額より遥かに低額な代金で買い取り、中間列の店舖所有者のみを、マーケツトから立ち退かしめる等を樹立してこれを強行せんことを企て、右両側店舖所有者のみをもつて「更生会」なるものを設け、多衆の力を頼んで中間列店舖の所有者と個々的接渉をなし、被告等を除く中間列店舖所有者をして、僅かな代償で右店舖を売却して立ち退かしめた。以上が、その実情であつて被告島崎静馬、同中島三栄がその各所有店舖の敷地を明け渡すべき義務を負担すべき筋合いは少しもないのである。

しかして、原告は、被告島崎静馬、同中島三栄が昭和二十八年三月二十日杉並支部に対し正式に会員たる地位を放棄する旨を通告した旨主張するが、右は、右被告等が東西両側店舖所有者等の前記行動が承服できないので、運営会の代表者たる丸山泰男に対し、地代は直接地主に支払う旨を通告したことを指して謂うものと考えられるが、右通告には原告主張のような意味合いはない。なお、右通告をなした事情は次のとおりである。すなわち、前記東西両側の店舖所有者等は無断でその共有物件を破壊する等の暴挙を敢えてしたので、右被告等は、昭和二十六年その中心人物たる丸山泰男を荻窪警察署に告訴したところ、同人はその非を認め、将来被告等の権利を尊重すべき旨を誓つたが、その後も、東西両側の店舖所有者等は、被告島崎静馬、同中島三栄の土地賃借権を否定して、運営会としての地代支払の事務取扱を拒絶する等不当な圧迫を継続して追い出し策を講じた。これがため、同被告等は、やむを得ず前記通告をなしたのである。

(五)の事実については、原告会社の目的及びその設立年月日の点は認めるが、その余の事実は否認する。仮に、原告と杉並支部との間に本件土地賃借権の譲渡がなそれたとしても、杉並支部は、本件土地賃借権を有しないから、原告が右譲渡契約によつて、右土地の賃借権を取得することはできない。

(六)の事実は否認する。

(抗弁)

(一) 杉並支部は、民事訴訟法上当事者能力を認め得るとしても、実体法上権利帰属の主体たり得ない。もち論、法人に非ざる社団でも、これに権利主体を認むべき場合がないわけではないが、それには社団が独立経営の体制を整え、権利、義務を帰属せしめるに足るだけの社会的実体を具えなければならない。杉並支部は、かような実体を具えた特別の場合に該当しない。なぜならば、

(1)  先ず、杉並支部には、その存立の基本たるべき規約がない。あるいは訴外社団法人引揚者更生々活協同連盟の定款案を準用しているものであるというかも知れないが、元来、杉並支部は、その名称、事務所の位置、社員、役員、職員、資産及び会費等の点において右連盟と相違するところが多いから、右連盟の定款案は、これを準用して杉並支部の規約とすることは不可能である。仮に、これが可能であるとしても、杉並支部は、右定款案準用につき会員の総意による決議を得ていないから、右定款案は、杉並支部の規約たる効力を有しない。

(2)  次に、杉並支部の会員となるには、当初のうち杉並支部としての承認の形式がとられたこともあつたが、その後、かような形式が践まれなくなつた。従つて、前記マーケツトの店舖所有者は、その所有店舖を自由に第三者に譲渡し得たし、その譲受人は、杉並支部の会員として登録されることもなく、また、会員たる認識も有しなかつた。すなわち、杉並支部には、確定した会員なるものが存しないのである。

(3)  なお、杉並支部の名のもとに、バザー等の事業が行われたこともあるが、それも終戦直後の物資払底の際、僅かな回数でしかも極めて貧弱な形で行われたにすぎない。のみならず、その後、たえて杉並支部の名において事業が行われたことはない。

以上のとおり、杉並支部は、規約、会員、事業等の点において権利帰属の主体たる実体を有するものではない。

(二) しかして、被告中島三栄は、昭和二十一年九月一日訴外亡中田幾太郎から(ロ)の建物の敷地約三坪を賃借し、又被告島崎静馬は、昭和二十二年六月、当時、(イ)の建物を所有してその敷地約五坪八合につき賃借権を有した者から、右建物並びに右賃借権の譲渡を受けた。もつとも、右各賃借権の設定は、杉並支部名義で昭和二十一年九月一日右各敷地を含む本件土地全体につきなされたが、右は、前記のとおり、単なる便宜上のことであつて、右賃貸借契約の実質上の当事者は、杉並支部の構成員、すなわち、前記マーケツトの店舖所有者各個人であつて、当該個人は、それぞれ、右契約によりその所有する店舖の敷地につき賃借権を取得したものである。すなわち、右被告等は、その各所有店舖の敷地につき、いずれも、適法なる賃借権を有し、これに基き右敷地を占有しているものである。

(三) また仮に、杉並支部が権利能力を有する社団であつて、その名義をもつてした前記契約により本件土地の賃借権を取得し、被告島崎静馬、同中島三栄が土地賃借権を有しないとしても、被告島崎静馬及び同中島三栄は、前記のとおり、なお、杉並支部の会員たる地位を喪わないから、杉並支部の賃借権の存する限り、その範囲において各所有店舗の敷地を使用し得るものである。

(四) 仮に、原告が、杉並支部から賃借権の譲渡を受けたとしても、杉並支部は、右賃借権を含む一切の権利、義務を原告に譲渡したものであるから、その意思の決定については、社団法人の場合に準じ厳格なる手続を践むを要するものと解するところ、右譲渡の意思の決定は、会員たる被告島崎静馬、同中島三栄を除外してなされた。従つて、該意思決定には、瑕疵があると謂わなければならないから、右譲渡契約は無効である。

(五) 以上の主張に理由がないとしても、訴外亡中田幾太郎の相続人等は、本件土地につき相続による所有権移転登記手続を完了していないから、右土地所有権の取得をもつて被告等に対抗することができない。従つて、原告が、右相続人との契約により取得した賃借権を保全するため、債務者に代位行使すべき権利はない。

いずれにしても、原告の本訴請求は、失当であつて、到底これに応ずることはできない。

三、被告等の主張に対する原告の答弁

原告訴訟代理人は、被告等の主張に対し、次のとおり、陳述した。

被告等の主張事実のうち、本件土地の登記簿上の所有名義人が、訴外亡中田幾太郎であることは認めるが、その余の事実はすべて否認する。

(一)  杉並支部は、当初、外地引揚者の協力により生活の維持安定並びに更生を図ることを目的として、昭和二十一年七月二十二日設立された訴外社団法人引揚者更生々活協同連盟の杉並支部として発足したが、右連盟の指導と協力のもとに、独自の立場で運営され、社会生活上独立の実体を具える社団となつたものである。すなわち、杉並支部は、

(1)  先ず、右連盟の定款案を準用して自らの規約となし、事務所を東京都杉並区天沼一丁目百四十二番地におき、「海外ヨリ終戦後引揚タル一般人ニシテ会費一口二十円以上五十口マデヲ一時ニ払込ミタル者」(正会員)と「正会員ニ準ズル者ニシテ本連盟ノ趣旨並ニ目的ニ賛成シ正会員ト同率ノ会費ヲ払込ミタル者」(特別会員以上定款案第五条)とをもつて組織し、その意思決定は、総会の決議によつてすることとし、その代表者として総会が出席者の過半数の議決をもつて選任する支部長一名を置き、その他の役員として支部長の指名する副支部長一名並びに常務理事、理事、監事各若干名を置くことを定めた。

(2)  しかして、その会員の異動については、杉並支部としての承認が必要とされたので、会員の異動によつて社団の同一性を失われることはなかつた。

(3)  次に、その事業として、前記マーケツトの維持育成を図り、もつて、会員の福利増進を目的とし、昭和二十一年六月二十八日役員の発議による総会の議決をもつて、生活協同連盟更生マーケツト運営会(被告等の主張する運営会)を設立して前記マーケツトを運営したほか、昭和二十一年中にバザーを開催し、又昭和二十二年八月二十六日日用品交換斡旋所を設けて、物品の預り、交換の斡旋及び売買をなし、金融部を設けて会員に対する融資をなし、更に、一般引揚者に対する日用品の配給等をなした。

(二)  被告等は、訴外中田幾太郎の死亡後、その相続人であつて本件土地の管理をしていた中田正義に対し、同人等が相続により右土地所有権を取得した事実を知りながら、屡々右土地の貸与方を求めたから、信義上右土他の所有権移転につき登記の欠缺を主張することはできない。

第二、証拠<省略>

理由

一、先ず、原告は、杉並支部から本件土地賃借権の譲渡を受けてこれを取得した旨主張するので、考えてみると、杉並支部が代表者の定めのある法人に非ざる社団であること及び右支部名義をもつて本件土地につき昭和二十一年九月一日中田幾太郎との間に原告主張の如き賃貸借契約が締結されたことは、当事者間に争いがない。

ところが、被告等は杉並支部は権利帰属の主体たり得ないものであるから、右契約によつて本件土地に対する賃借権を取得することはできないと主張するので、この点について判断する。およそ、法人が自然人と並んで権利主体として認められるのは、法律の規定に従つて設立された社団は先ずその構成員が存在して一定の根本組織を定め、これによつてよく目的遂行のための意思決定、業務の執行、更には外部に対する活動をなし得る実体が具わり、自然人と同様に社会的作用を担当せしめるに足りるものと認められるからにほかならない。従つて、仮に、法人に非ざる社団につき一般的に権利能力を否定する見解に従わないとしても、かかる社団の権利能力の有無を判定するについては、当該社団が一定の根本組織を有しないようでは到底これに権利帰属の主体性を認めることはできない。すなわち、法人に非ざる社団に権利能力を認めるにしても、当該社団がその対外関係において代表者を以て行動するのみでは足らず、その内部関係において少くとも社団法人の場合に準じ定款を作成し、これによつて目的、名称、事務所、資産に関する事項、理事の任免に関する事項及び社員の資格の得喪に関する事項等を明示して、その根本組織を確定していることを要するものと解するのが相当である。これを本件についてみると、証人島積善の証言及び弁論の全趣旨によれば、杉並支部には定款その他これに類する規約が存しないことが認められる。この点に関し証人日向俊馬、同丸山泰男同真野一三は右認定と相反するのかの如き証言を為すけれども明確を欠き措信できない。もつともこの点に関し原告は、杉並支部は訴外社団法人引揚者更生々活協同連盟の定款案を準用して自らの規約となしているものである旨主張し、甲第四号証の二、同第十五号証の一、二、同第十六号証及び同第十八号証並びに証人丸山泰男、同真野一三、同日向俊馬の各証言によれば、杉並支部の役員は原告主張の社団法人の定款ないしその案に準じて業務の執行、外部に対する活動をなしていたことが窺われるが、元来別個の存在であつてその目的、事務所等の点においても相違する他の社団の定款ないしその案に準じて社団活動がなされていた事実だけでは、いまだ独自の定款を具えたものとは謂い難く、さればとて前記証言を覆えして杉並支部が右社団法人の定款に準じて独自の定款を作成したことを肯認するに足る証拠はないから、原告の右主張は、到底採用することができない。

そうすると、杉並支部は、その存立の基礎たるべき根本組織を欠く以上権利帰前の主体たり得ないものといわなければならないから、本件土地につき中田幾太郎との間において締結した前記賃貸借契約によつて、右土地に対する賃借権を取得するに由なく、従つて、原告は、仮に杉並支部から右賃借権の譲渡を受くべき契約をなしたとしても、これによつて賃借権を取得するいわれはない。

二、次に、原告は、設立中の原告会社の機関たる発起人笹沼伝は設立後の原告会社のために、昭和二十八年十二月八日本件土地を、その所有者たる訴外亡中田幾太郎の共同相続人等から賃借したから、原告会社は昭和二十九年一月十二日その設立と同時に、当然右賃借権を取得した旨主張するので考えてみると、株式会社の設立に当つては、発起人相互の間において会社設立を目的とする組合契約が存在するを通常とし、発起人はこの契約の履行として定款の作成その他設立に関する行為をなすものであるが、右のような契約関係たるいわゆる発起人組合とこれと並び権利能力なき社団として存することのあるべき設立中の会社とは全く別個なものである。従つて、設立中の会社の機関と認められる者が、当時許された範囲で取得した権利義務ならとも角、発起人組合の組合員にすぎないものが取得した一切の権利義務が、株式会社の設立時において当然当該会社に承継されるべきいわれはない。しかして設立中の会社の機関たる者と認められるには、設立すべき会社の定款に発起人として署名することを要し、またその行為として許容される範囲は、会社設立自体に必要な行為に限られ、会社の営業準備にあたるような行為を含まないものと解すべきである。ところで、原告会社が昭和二十九年一月十二日設立されたものであることは当事者間に争いがなく、甲第一号証の二、証人中田正義、同宇田川太一、同真野一三の各証言を綜合すると、訴外笹沼伝は、本件土地につき昭和二十八年十二月八日設立後の原告会社のために、その代表取締役の名義をもつて、本件土地の共有者の一人で他の共有者の代理人を兼ねた訴外中田正義との間において、右土地につき原告主張の如き賃貸借契約を締結した事実を認めることができるけれども、甲第一号証の三(原告会社の定款)によると、右笹沼が、原告会社の定款に発起人として署名したのは、右契約後たる昭和二十八年十二月二十五日であることが認められるから、右土地賃貸借契約当時、笹沼伝は、設立中の原告会社の機関であつたものとは認めることができない。のみならず、原告が土地家屋の賃貸借並びにその供給管理を目的とする会社であることは当事者間に争いがなく、右の事実に弁論の全趣旨を斟酌して判断すると、右土地賃貸借契約は、むしろ、設立後の原告会社の営業準備にあたるものであつて、設立自体に必要な行為でないことが認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。してみると、いずれの点からしても、笹沼伝の右賃貸借契約締結の行為は、設立中の原告会社の機関が許された範囲でなした行為とは謂い難く、原告会社が、その設立と同時に、当然右賃貸借契約に基く権利義務を取得するということはあり得ない。

三、それならば、原告が本件土地賃借権を有することを前提とする本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく理由がないこと明らかである。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 福島逸雄 駒田駿太郎 長久保武)

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